絵本の時間

幼い頃、読んでもらった絵本。内容はおぼろげになった本もありますが、忙しかった両親が寝る前に読み聞かせをしてくれる、短いけれど温かい時間は、一生の宝物です。そんな記憶を綴り、自分の子どもたちにも幸せの記憶を贈りたいと願うブログです。

ブログお休みします

読者になってくださった、たくさんの方々に感謝です。

一身上の都合により、多分、しばらくブログをお休みします。
そして、フラッとまた戻ってきますので、多分。
その時は、どうぞよろしくお願い致します~<(_ _)>


ありがとうございました♪



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おこだでませんように

おこだでませんように
おこだでませんように
小学館


あらすじ
「ぼくは、いつもおこられる。いえでも、がっこうでもおこられる」
『ぼく』は妹を泣かせて、おかあちゃんにおこられた。
でも、本当はおかあちゃんが仕事でいないとき、妹に折り紙を折ってあげたのに、妹が気に入らなかったのだ。しまいには、宿題が終わっていないこともおこられた。妹の世話をして、出来なかっただけなのに。
学校では、遊びに混ぜてもらえなかった『ぼく』。意地悪されて、ケンカになって相手にパンチとキックをくらわせてしまった。そしたら、先生に「暴力です」とおこられた・・・。「おまえなんか、まぜてやらへん」の言葉は、『ぼく』の心へのパンチだと『ぼく』は思う。


どうして、いつも『ぼく』はおこられるんだろう・・・。
自分の気持ちは言えない。だって、もっとおこられちゃうから。
おこられると、だまって横を向くだけ。
でも・・・
本当は「ええこ」になりたい『ぼく』。どうしたら「ええこ」になれるんだろ。そして、どうしたら、ほめてもらえるんだろ。本当は、妹みたいにかわいがられたい。


ある日、学校で七夕の短冊を書くことになった。『ぼく』は一生懸命に願いを込めて一字一字を書いた。
『おこだでませんように』
あんまり、一生懸命に書いたので「早くしなさい」と怒られながら。
先生に短冊を見せたら、先生はじっとその短冊を見ていた。その目には涙が浮かんでいた。「ごめんね」いつも怒ってばかりいたことに気がつき、泣きながら「ほんまに、いい願いごとやね」と『ぼく』をほめてくれたのだ。初めて『ぼく』の気持ちに気がついてくれたのだ。


先生は夜、おかあちゃんに電話してくれた。長い時間話した後、おかあちゃんは妹にするみたいに「ぎゅっ」と『ぼく』を抱きしめてくれた。
『ぼく』は思った。「七夕の願い事がかなった」と。


そして、夜布団の中で「七夕様」に「ありがとう、お礼にもっともっとええこになる」と約束した。


絵本の思い出
 小さい頃から落ち着きのなかったkoli太郎。授業中に怒られ、休み時間に友だちとケンカして怒られ、家で妹を泣かせて怒られ・・・。
今や中学校3年生。今年はいよいよ受験生です。
先日、koli次郎の絵本を買いに本屋さんに行ったときのことです。
 自分のお目当ての文房具を見つけ、その文房具を手に絵本コーナーの母とkoli次郎の所へやって来たkoli太郎。
 懐かしかったのか、いろんな絵本をパラパラとめくり始めました。
「これ、読んでもらったね」とか「知らない絵本だな」なんて話をしながら。
ふと、koli太郎の手が止まりました。持ち上げた絵本のタイトルは『おこだでませんように』。そして、
「ママ、これ知ってる?」
「ううん。読んだことないなぁ」
「・・・これ、オレだ、ハハハッ。」


母は、絵本を受け取り、立ち読みしました。
妹を世話して泣かせた場面。学校で怒られた場面。夜「ええこになりたい」と心から願う姿に、koli太郎を重ねました。
「こんなに怒られてたっけ?」
「もっとだよ。本当にどうして僕は悪い子に生まれてしまったんだろって思ったな。」


なんとなくつぶやいたkoli太郎の一言が、胸に刺さります。
「いい子になりたいけれど、どうやったらそうなれるのか分からなくてさ。結構落ち込んだときもあったよね。怒った方は覚えて無くても、怒られた僕が言っているのだから、確かだよ」


手のかかる子でした。
お話が通じないなぁと悩みました。
ゲンコツしたときもあります。
そういえば、「言い訳はしない!」と怒ったときもあります。
でも、「言い訳」をちゃんと聞いてあげれば良かったなぁ。
この子は、ずっと自分は「悪い子」だって思いながら、大きくなってきたのだろうか?


母は、突然忘れていた宿題を突きつけられたように感じました。


「koli太郎の気持ち、ママは全然分かってなかったね。ごめんね。」


思い切ってそう言いました。すると
「ちびkoliが羨ましいなぁと思ったよ。かわいがらてて、いいなぁって。ママにもパパにも先生にも怒られたけれど、僕のほうがみんなの気持ち分からなかったのかなぁって、今思ってるよ。いいじゃん。今、それが分かってるんだから。」


母を思いやってくれたのでしょうか。母を責める言葉は、出てきませんでした。
取り返そうにも、取り返せない幼い頃のkoli太郎との時間。
母は、自分の戒めとして、『おこだでませんように』を買いました。


後日談
ぱぱkoliに本を手渡しました。まず、読んでみてちょうだい、と。
すると、だんだん目に涙がたまり、読み終わると「ほーっ」とため息をつきました。これからは、koli太郎はじめ、子どもたちの気持ちを聞くことの出来る親でありたいと2人で誓いました。・・・・できるかな?

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てぶくろ

てぶくろ (世界傑作絵本シリーズ)
てぶくろ (世界傑作絵本シリーズ)
福音館書店

あらすじ
舞台は、雪の降る森の中。
おじいさんが歩いています。その後ろをこいぬがついていきます。おじいさんは「てぶくろ」を落としたまま、気づかずに行ってしまいました。
 そこへ、「くいしんぼねずみ」がやって来て「てぶくろ」に住むことにしたのです。この温かい「てぶくろ」にいろいろな動物たちが集まってきます。「ぴょんぴょんがえる」「はやあしうさぎ」「おしゃれぎつね」・・・。だんだん、「てぶくろ」は窮屈になっていきます。さて、「はいいろおおかみ」もやって来ました。「おれも いれてくれ」そういう「はいいろおおかみ」に先に入っていた動物たちは「まぁいいでしょう」と仲間になることを許可します。続いて「きばもちいのしし」が入れてくれと頼みます。「むりじゃないですか」と動物たちは言いますが、結局「それじゃ どうぞ」と仲間に入れます。もう、おじいさんの「てぶくろ」はぎゅうぎゅう詰め。そこへ、今度は「のっそりぐま」がやって来て、「わしも いれてくれ」と頼みます。動物たちは「まんいんです」と一度は断りつつ、結局「しかたがない。でも ほんの はじっこにしてくださいよ」と「のっそりぐま」も「てぶくろ」に入れてあげるのです。
 「てぶくろ」を無くしたことに気づいたおじいさんは、こいぬと一緒に戻ってきました。こいぬが「てぶくろ」を見つけ吠えると、中の動物たちは森のあちこちへと逃げていきました。



絵本の思い出
koli太郎が困っていました。中学校に入り、少しずつ体は大きくなったのですが、心はそうはいかないようで、ちょっとばかり傷ついたり、転んだり、後戻りしたりを繰り返しながら進んできたように思います。今は、仲の良い友だちも出来ました。少ないですけれど。でも、初めて、学校の合唱コンクールで学級指揮者になってしまったときは、非常に困っていました。
 もともと、人望や才能があって指揮者になったわけではありません。どうも学級の人間関係がギクシャクしていて、誰も立候補しなかったので、担任のお若い先生がとても困っていたのだそうです。音楽が好きだったkoli太郎は、勇気を出して指揮者に立候補したのですけれど、もともと友だちの少ないkoli太郎です。なかなか、うまくは行かなかったようで・・・。
「歌わないんだったら、なんであんなに難しい曲選んだんだよ、怒」
選んだのは「はじまり」という曲。曲を決定するときは、クラス全員が「ピン」と来たそうなのです。「話合いすぐに終わっちゃったよ」とにこにこ帰ってきたkoli太郎だったのですが・・・ね。うまく行かないなぁ。
曲は、アカペラで始まります。全員が集中していないと、ブレスの瞬間まで合わせないと歌い始められないのだとkoli太郎は言います。それなのに、おしゃべりに夢中だったり、遊んでいたり。先生もお手上げ状態のようで、練習が進まないのだとか。即席指揮者だけれど、頑張って悩んでいるのだなぁと思いました。


母は、ちょっとばかり思い出した絵本がありました。「てぶくろ」です。小さい頃からkoli太郎も大好きなお話でした。
「koli太郎、不思議だなぁって言ってたよね。なぜ、『おおかみ』や『きつね』が『うさぎ』や『ねずみ』を食べないか。で、ちょっと思ったんだけれどね」
ポッと芽生えた思いだっただけに、上手に話せたかは分からないのですが、言葉にしてみました。
 動物たちは、みんな寒くて、温まりたかった。仲間が欲しかった。外にいる誰かの『入れて』を『ダメ』とは言わなかったのは、みんな同じ「困った」を感じてたから。普段なら敵だったり、怖かったりする相手でも、相手の立場や思いに触れる瞬間っていうのがあるのだと思う。正直、ぎゅうぎゅう詰めの『てぶくろ』だったけれど、多分見た目も不格好だったけれど、それでも、中に入った仲間たちは幸せだったし、体以上に心が満たされたんじゃないかな?と。


母は、絵本のあらすじを思い出しながら話しました。


「分かるけれど、分からない。合唱、ヘタでもいいってこと?」koli太郎が聞きました。


「そう。極端だけれど結果的にヘタだったとしても、それでいい。そうじゃなくてね、この歌を、このクラスの仲間と歌いたいんだっていう、最初の思いはどこに行っちゃったんだってこと。何とかみんな同じ思いだよってことに気づいて、やり直せないのかねぇ。みんなで『てぶくろ』に入れないのかなぁ。『いいよ』の気持ちをみんなが持てたらいいね。」


自分でも少々まとまりにかけ、伝わったかは分からないのですけれど、結果的にみんなで「ピン」と来た歌を歌って、「みんな」になって欲しかったのです。この歌の歌詞がきっと心に響いたとするならば、みんなきっと心が成長したがっているのだ!と漠然とした思いが母の中にありました。


翌日、koli太郎は大ブーイングの中、練習時間を1時間つぶして話し合うことを提案したそうです。そして、「なぜ、この歌を選んだのか」とみんなに聞いたそうです。そのことは本人からではなく、有り難いことに担任の先生から伺いました。
「koli太郎くん、『はじまり』を選んだ理由を考えようって言ったんです。このままじゃ、僕たちには何も残らないって。この歌は僕たちの歌だって。みんなで歌うから何かが残るんだって。だから、もう一度、この曲を歌いたいって思った理由を考えようって。」


母は絶句。ちょっとビックリすると共に、ウルッとしました。やるじゃん、koli太郎。


合唱コンクール当日、koli太郎のクラスは、素晴らしい合唱を披露し、学年賞を頂きました。みんな仲間になれたのでしょうか?


koli太郎は「トロフィー持ってよ。指揮者なんだから。」と記念撮影でトロフィーを持たせてもらい、男泣きしていました。

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おまけ
みんなが「ピン」ときた合唱曲『はじまり』の歌詞です。


畠があり川があり
また畠があり森などもあって
畠があり川があり
ついには ついには地平線がある


背中をのばして地平をみつめ
地平の奥の雲をみつめ
雲のむこうの青さをみつめ
青さの中のみえない星をみつめ


おお 目が痛くなるのだが
何もないあそこから
何もないあそこから
何かが何かが始まっているようだ


光が駆けぬけた!
風が追い抜いた!
空はいま いまのいま 突き抜けた


忘れたいことがあり
忘れたくないことがあり
判りたいことがあり
判らないことがあり


でも しかし だが しかし
そんなことどもは まるで
どうでもいいようなふうに


ごうごうと地球はまわりつづけ
あらゆる生き物の鼓動をのせて
ごうごうと地球はまわりつづけ
まわりつづけ


目まいした私の前に
相変わらず畠があり川がある


光が駆けぬけた!
風が追い抜いた!
 空はいま いまのいま 突き抜けた


何もないあそこから
何もないあそこから
確かに確かに何かが何かが
始まっているようだ